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莉乃は迷っていた。迷子、である。
普段からやや方向音痴なところがある莉乃だが、さすがにどこかも分からない場所にたどりついたことなどない。
高校生にもなって迷子なんて…と思い辺りを見渡した莉乃は、何度目かしれないため息をついた。
"せめて、陽依ちゃんがいてくれたら…"
そう思うが、いないものはしかたがない。地図を探すなりして、元いたところへ帰らなくてはならない。
見渡す限り同じような芝生が広がっている異様ともいえる景色の中、どちらに向かえばいいのか途方に暮れる莉乃の耳に、声が聞こえた。
「やばいやばい!!遅れちゃう!!急がなきゃーっ!!」
声の主は、赤い髪をした少女だった。なぜかうさぎの耳が生えている。
「え、ええ…?あの、すみません、同じクラスの月見里花火ちゃんですよね…?ここ、どこだか…」
月見里花火。莉乃と同じクラスの少女で、学年首席らしい。入学早々潰れかけだった化学部に入部し、やれ部室を爆破しただの、特別棟を煙で充満させただの、やばそうな噂に事欠かない人物だ。名前の通り打ち上げ花火みたいな人だなあ、と莉乃は思っている。
どうして走っているのか、どうしてうさ耳が生えているのか、どうして花火がここにいるのか、ということが気にかかったが、まずは現状把握が先だと思い"ここはどこか"と尋ねた。
しかし花火は莉乃の質問には答えず、
「ほらほら莉乃ちー!急がなきゃ遅れちゃうよ!!」
とだけ言い放ち、急げ急げー!と言いながら駆けていった。意味が分からない。
どこに向かっているのか、何を急いでいるのかも分からないし、莉乃に対して"莉乃ちー"と呼ぶことについてもわけが分からない。今まで花火と話したことなんてプリントを回収したときくらいしかない。
その時彼女は「ありがとね、委員長ーっ!」と言っていたはずだ。
分からないことだらけだが、立ち止まっていても仕方がない。莉乃は、花火の後を追って走り出した。
「は、花火ちゃん、早すぎるっ…」
走ること数十分。莉乃はすっかる花火を見失っていた。たどりついたのは森の中。またしても知らない土地だ。
(どうしよう…やっぱり、追いかけない方が良かったのかな…)
後悔してももう遅い。元の場所に戻ろうにも森は深く、引き返せば更に迷うことは容易に予想がついた。とにかく、花火を探し回ってみよう、と歩きだしかけたその時、不意に莉乃の服の袖が引かれた。なんだろう、と思って振り返ると、そこには6、7歳くらいの目を潤ませた幼い少女がいた。今にも泣き出してしまいそうだ。
「ど、どうしたんですか…?あなたも、迷子とか…?」
莉乃の問いかけに、少女はこくん、と小さく頷いて言った。
「あのね、むーみんがね…いるかな、っておもってさがしてたら…あやめもさぎりも、どっかいっちゃったの…わたしは、おねーちゃんなのに…おねーちゃんだから、ないちゃだめなのに…」
やっぱり迷子だった。莉乃も迷子なので、彼女の付き人を探そうにも探すことができない。迷子センターなんてあるわけないし…と戸惑っていた莉乃の前に、とうっ!っと2人の少女が舞い降りた。何の前触れもなく、唐突に。
「正義の魔法戦士りぃのあ、参上だよっ!!」
舞い降りた双子らしき白髪の少女は、ビシッと決めポーズをしてみせた。満面の笑みを浮かべている背の低い方の少女はノリノリで、もう片方の少女はかなり恥ずかしそうだ。罰ゲームの最中、というのがしっくりくるだろうか。森の中にしてはかなり異様な格好をしていた。ピンクと紫を基調にしたワンピースに、フリルやリボンが沢山ついている。猫耳のカチューシャもつけていた。もっとも、さっきうさぎの耳が生えた花火を見たのでそこまで驚きはしなかったが…なんだか幼い頃見たアニメみたいだなあ、と現状把握を諦めた莉乃はのんきにそう思った。
「ふんふん。おともだちと妹ちゃんがいなくなっちゃったんだね?なるほどー!よし、のあ姉!りぃたちの出番だよ!」
「出番ってなにが…」
「あ、しずくーっ!ほらさぎり、しずく、いたよー!!」
2人の自称魔法戦士が話していると、向こうから幼い少女2人が駆けてきた。
「さぎり!あやめ!」
迷子の少女の顔がぱあっと明るくなった。
「ねえさまっ…!!」
泣いている彼女の妹らしき少女が駆け寄って姉を抱きしめた。妹の方に連れ添っていたあやめ、という名前らしい少女は2人の頭を撫でている。彼女も涙を我慢していたのだろう、ほっとして泣き出しそうになっている。
「あ、えっと…ありがとう、ございました…!」
迷子だった少女、しずくがぺこっと頭を下げると、3人は手を繋いで駆けていった。
「よーし、万事解決だねっ!それじゃありぃたちはこれで!さらばっ!」
「私達…特になんにもしてないよね…?」
「もー、のあ姉、それは言っちゃだめー!!」
その会話を最後に、2人の姿もかき消えた。
1人残された莉乃はしばらく呆然とすると、
「…私も、花火ちゃん、探しにいかなきゃ…」
そう言って再び駆け出した。もはや考えるのを放棄しているようにも見えた。
そうしてたどり着いたのは、お茶会をしている5人の少女たちの元だった。
「那結様っ、お茶が入りましたっ!モンブランも食べますかっ?」
「そうね、頂こうかしら。」
「朱果はどうする?いつものチーズケーキでいいか?」
「うんっ!未緒が作ったやつだよね!!私、あれ大好きなんだ!恋來ちゃんもチーズケーキ食べようよっ!」
「え、うん。じゃあ恋來もそれで。」
なんだか楽しそうだ。知らない人に声をかけるのは苦手なのだが、そうも言ってられない。なんせ迷子なのだ。1人ではどうしようもない。
「あ、あの、すみませんっ…!人を探しているんですけど…!」
「人??どんな人なのっ?」
「え、えっと…花火ちゃん、っていう赤い髪の、なんか、うさぎの耳が生えてる…」
「それなら、さっきあっちへ走っていきましたよっ!そうですよね、那結様?」
「ええ。なぜかは分からないけれど、とても急いでいたわ。」
「ありがとうございます!それじゃあ、そっちを探してみます!」
教えてくれた少女たちにお礼を言うと、莉乃は再び走り出した。
"ここはどこか"と尋ねればいいのに、花火を探すことを優先したのは、彼女の性格ゆえだろう。1つのことに集中するとあまり他のことに意識がいかなくなるのだ。…まあ、単に忘れているだけかもしれないが。
「あ、ねえ、ちょっと!」
呼び止める声にも振り向かず、莉乃は走っていった。
「…あの子も、ケーキ食べなくて良かったのかなあ…」
教えられた方に向かって走っていると、こっちに向かって2人の少女が走ってくるのが見えた。何があったのか、とても焦っている。髪の長い方の少女は今にもへたりこみそうなほど怯えており、もう1人の少女が必死にそれを支えていた。
「あ、あの、どうかしたんですか…?」
莉乃が声をかけると、2人はなぜかほっとしたような表情を浮かべ、莉乃に何かを差し出してきた。
「あの、お願いです…!あっちに、巨大化したはーちゃんがいて…このステッキで、はーちゃんを元に戻してくださいっ…!」
「あたしからもお願いします~。このステッキは多分、選ばれた人にしか使えなくて…あたしにも美紅梨にも、扱えないんですよね~…」
渡されたものは、カラフルな星が先端に飾られた、可愛らしいステッキだった。さっき見た魔法戦士たちがいかにも持ってそうな雰囲気だ。2人は莉乃に、「巨大化したはーちゃん」を元に戻してほしい、と言っている。はーちゃん、とは何か分からなかったが、そんな戦いなんて出来るわけがなかった。
「え、ちょっと待ってください、そんなの私じゃ無理ですっ…!」
「お願いしますっ…!もう、頼れる人がいないんですっ…!」
「あなたならきっと、はーちゃんを元に戻せる気がするんです~!」
「……分かりました。それなら、私に出来るだけ、やってみますけど…」
引き受ける理由なんてなかったが、莉乃は引き受けた。2人があまりにも怯えていたこと、そして2人がお互いを守りたいと考えていることが分かったのが主な理由だ。正直、なにが起こっているのかも何をすればいいのかも分からなかったが、2人のことを助けたいと思ったのだ。
「ありがとうございますっ…!」
莉乃にステッキを託すと、2人は森の奥へ走っていった。他に迷子の子供などがいないかを探しに行くらしい。しずくちゃんたちも2人と合流出来たらいいな、と莉乃は願った。
「はーちゃん」とはなんなのか、どこにいるのか、という疑問は森の奥にいた3人の少女たちによって解決された。
「はーちゃんっていうのは、えっと…うさぎのパペットのことなんですけど…クッキーを食べて、大きくなっちゃったみたいなんです…!」
紡、と名乗った少女がそう教えてくれた。
「正直、あたしたちも何が起きてるのかよく分からないんだけど…この森を抜けた先にはーちゃんたちがいるんだ」
「え、えっと…はーちゃんを元に戻すには、選ばれた勇者にしか使えない、そのステッキが必要みたいなんですっ…!心来ちゃんもまだ、向こうにいるみたいだしっ…」
「お願いしますっ!はーちゃんを元に戻してくださいっ!」
「分かりました。私に出来るか分からないけれど…精一杯、やってみます。」
選ばれた勇者なんて聞いてない!!と思いつつ、3人をこれ以上不安にさせないため、莉乃はそう答えた。
(元はただの迷子だったのに…どうしてこうなったんだろう…)
森を抜けるとすぐに、異変に気がついた。地面が揺れている。
えええ…と思いながら空を見上げた。とてつもなく大きなうさぎと目が合った。
「え…ええええ…!?」
想像していた"巨大化"のイメージよりも、3倍以上大きかった。彼女たちが怯えていたのも納得である。うさぎというよりも怪獣に近い。
(こ、これを元に戻すんですか…!?このステッキで…!?いや、無理ですよね…??)
ステッキを構えたまま固まっていると、3人の少女たちが走り寄ってきた。
「ほら、心来、いたぞ!!あの人が"伝説のゆーしゃ"なんだなっ!!」
「うんっ!ステッキ持ってるし、絶対そうだよっ!!」
「ふ、2人とも…お願い、走らないで…無理…」
「ちょ、ちょっと待ってください!伝説の勇者ってなんですか!?」
「え、違うの?っ?伝説の勇者がステッキを持って現れたとき、はーちゃんは元に戻るだろう!って聞いたよ!」
「だ、誰からですか…?」
「誰だっけ??」
「えっと、確か…猫耳をつけた2人組の人たちだったわよね…」
「そうだぞっ!」
「そのステッキで、スペシャルビームを打てば、はーちゃんが元に戻るんだって!!というわけで、お願いするね、スペシャルビームっ!!」
キラキラした目で頼まれた。ビームの打ち方なんて知らない!と思いつつも、なるようになれ、と覚悟を決めた自分もいる。
(ここまできたら…やるしかないよね…)
半ばやけくそのような気持ちで、莉乃は叫んだ。
「スーパーラビットスペシャルビーム!!」
目の前のうさぎ…はーちゃんが、瞬く間にしぼんでいく。地面の揺れも、それに伴って消えた。向こうから、小さくなったはーちゃんを手にした少女2人が駆けてくる。
「本当にありがとうございます!私にも彩羽にも、どうしようもできなくて困ってたんです…!」
「あ、あのっ…!ありがとう、ございましたっ…!はーちゃん、助けてくれてっ…!」
「はーちゃんからもありがとねー♪いやー、不用意になんでも食べちゃダメだねー!はーちゃん、びっくりしたもん~!おどかしちゃった子たちにも、謝らなきゃね~!」
「そうだね、はーちゃんっ…!あの、ほんとに、ありがとうございましたっ…!」
何度も何度も頭を下げて、少女たちははーちゃんを連れ、森の中に入っていった。他の子たちに謝りに行くのだろう。
「ビーム、すごかったよーっ!!見せてくれてありがとうーっ!!」
ビームのことを教えてくれた少女が、興奮した面持ちで莉乃にお礼を言う。
「あ、あの、莉乃さん、これを…」
そう言って、3人の中で一番大人しそうな髪の長い少女が差し出してきたのは、うさぎが型どられた小さな鍵だった。
見覚えのないものなのに、なぜかしっくり来る。これを持っていれば、花火に追い付ける気がした。
「ありがとうございます!それじゃあ、私はこれで…!」
莉乃は走り出した。どこへ向かっているかさえ分からないというのに、なぜか足取りは軽かった。
ほどなくして莉乃は、1つの白いドアにたどり着いた。貰った鍵を鍵穴に差し込むと、ピタリと合う。
莉乃はドアを開けた。そこには、4人の少女…陽依、果鈴、夏稀、花火がいた。
莉乃は思い出した。
花火が、莉乃のことを"莉乃ちー"と呼んでいた理由を。花火が急いでいた理由を。陽依が最初に莉乃の隣にいなかった理由を。
(私も、花火ちゃんも…探してたんだ。この居場所を。)
「…莉乃、どうかしたのか?」
夏稀が言う。いつもは無口なことが多い夏稀は、一人一人の変化にすぐ気付くことが多い。
「だいじょうぶ!?あたまいたいの!?」
果鈴が聞く。心の底から莉乃を心配している声、聞いていて笑顔になれる声だ。
「ううん、大丈夫。走ってきたから、ちょっと疲れちゃったみたい。」
「あまり、無理はするなよ…?」
陽依が言う。陽依は幼い頃かあらずっと莉乃のことを気にかけてくれていて、それは今も変わっていない。
「莉乃ちー走ってきたもんね!おつかれーっ!!」
明るく笑って花火が言う。莉乃のことをここまで連れてきてくれた笑顔だ。
(なんだか、おかしな世界だったけど…やっぱり私は、ここが一番好き)
この居場所がずっと変わりませんように、莉乃はそう強く祈った。
「莉乃ちー!!!起っきろーっ!!!」
突然耳元で花火が叫んだせいで莉乃は目を覚ました。
「え、え…?なんで花火ちゃんが…?」
「えー、莉乃ちー寝ぼけてるの??みんなで初夢にどんなもの見たか話したいーってあたしが言い出して、Fairytaleのみんなでお泊まり会してるんじゃん!!」
寝起きのぼんやりした頭で思い出す。確かにそうだった。
周りを見ると、陽依が持参したのであろう大きなくまのぬいぐるみに抱きついて寝ており、その横で果鈴と夏稀が寄り添って寝ている。
「なんで私だけ起こしたんですか?」
「んー、なんとなくっ!!ねえねえ、莉乃ちーはどんな夢見たっ??」
「えっと…あんまりよく覚えてないんですけど…」
でも、なんだかとっても温かい夢だった気がします。そう言って莉乃は笑い、花火に問いかけた。
「花火ちゃんは、どんな夢を見ましたか?」
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